ねこラム

題名のない猫物語6


愛猫と交通事故

最初の交通事故は、私の留守の間の出来事で、車にひかれて死んでしまった猫に気づいた母は、家の向かいのガラス屋さんのおじさんに手伝ってもらい、死んだ猫を庭に埋めました。私は死に目に会えず、戻るまで待っていて欲しかったと泣いて怒りましたが、ガラス屋さんのおじさんには、「見なくてよかったよ」と言われた記憶があります。
小さなクリスマス・ツリー用のモミの木の下がお墓でした。
自称猫嫌いでしたが、優しい母でした。この後、不思議な出来事が母にふりかかりました。

交通事故からしばらく経ったある日、家にお客様がいらっしゃいました。家にお祀りしてあった伏見稲荷様のことで相談をしていた、霊感のあるお婆さんです。
その方に、ふと母が、最近腰の当たりが酷く痛んで仕方ないという話しをしたところ、そのお婆さんは目を閉じ、しばらくしてから話し始めました。
家の敷地内に動物のお墓を作ってはいけません。猫が祟っています。
お婆さんには猫の話は一切していなかったので、驚きました!
それも、母の腰に猫の祟りです!
そして、お婆さんは続けていいました。数週間毎日、猫のご飯を用意して庭に置いて供養をしてあげなさい。そのご飯が他の野良猫に食べられることも供養になります。
以前から幽霊を信じないと言い切っていた母だったので、お婆さんが帰られた後には、そんなことが起こるわけがないと話していました。が、翌日、いつもより豪勢な缶詰めの猫のご飯を庭に置いていたのです。
ちなみに、毎日お供えしていたご飯は綺麗になくなっていましたが、もちろん食べていたのは家の猫達でした。
1、2週間すると、母から、腰の痛みが全くなくなったと聞かされました。たまたま治ったのかもしれませんが、私は人だけでなく、猫や動物の霊は存在すると思っています。
ただ、猫が祟っているというのは語弊がある言い方で、猫が母を頼っていたのだと、私は解釈しました。頼れば助けてくれそうな優しい母ですから。
この出来事が単なる偶然で、猫の祟りなどなかったとしても、母が信じたお陰で数週間、我が家の食いしん坊達は余計にご飯にありつけたのでした。

現在一緒に暮らしている二匹の猫達は、まるでストーカーのように、いつ何時も部屋中を私にくっついて回っていますが、きっと天国に行った後も、時々私の側に来ては、じっと見つめてストーカーをするのだろうと想像すると、いっそう二匹のことが愛おしくなりました。