ねこラム

がじゅまるの木 ~31日の看猫(かんびょう)日記~ 第十回:クオリティ・オブ・ライフ


今年は厳冬だとニュースでも繰り返している通り、三月に入ったというのに春先とは思えぬ真冬のような寒さが続いていました。この日も身を切るような北風が吹き、粉雪が舞っていましたが、心中は比較的落ち着いていました。

先週まで絶不調だったキナコの体調が、この数日で改善したのです。昨日などは自分から膝によじ登ってきて喉を鳴らしたのでした。目はほとんど見えていないようでしたが、持ち前の運動神経を駆使して、一メートルの高さがあるダイニングテーブルにも一発で飛び上がることができました。

猫は食べ物の良しあしを嗅覚で判断します。鼻づまりがよくなってきたため、再び食事にも関心を示し始め、ドライフードも数粒食べたのでした。強制給餌はキナコにとっても苦痛だったにはずですが、行う側の心も痛む作業でした。本来であれば楽しいはずの食事なのに、嫌がるキナコを押さえて、強制的に口のなかに食べ物を入れなくてはならない。私はこの治療を辛いと感じ始めていました。

随分気分が良さそうだったので、好きだった玩具で誘ってみたところ、なんと球を取りました。

かつての俊敏さとは比べようもありませんが、それでも右へ左へと先端の虫型の玩具を動かすと方向どおりに前足が動きます。視力の弱まったキナコは聴覚や風の動きをたよりに判断していたのでしょうか。両目の瞳孔は相変わらず真黒に見開かれていましたが、暗い部屋の中であればそれは以前と変わらない愛らしいキナコのものにみえました。

次の日もキナコは元気でした。治療を始めてから、二番目か三番目くらいに元気だったのではないでしょうか。

食事もよく食べ、夜はベッドの上で四肢を伸ばして寛ぎ、寝息を立てていました。手足はやせ細っていましたが、大きな欠伸をしたりと普段と変わらない姿にも見えました。このまま春の陽気と共に一気に形勢逆転して、奇跡的に復活して元気になるのではないか。そんな淡い期待を抱かせたほどでした。

キナコとアズキ

数日後、三月とは信じられない大雪が各地に降った日。
キナコの風邪が急激に悪化し、初めての粗相がありました。
粗相は繰り返されました。時間帯を見計らってトイレに入れてみても、切なそうにただ砂を掻く音だけが聞こえ、すぐに出てきてしまいます。

ホームセンターのペット用おむつコーナーには想像以上にたくさんのサイズが揃っていました。一番小さいものは小型犬のSサイズでしたが、猫の中でも小型で最近さらにめっきりしぼんでしまった腰回りにはそれでも大きく見えました。奥からSSサイズを出してもらい、帰宅してキナコに履かせてみるとぴったりでした。

それから、キナコの感覚の衰えは日に日に悪化していきました。足元がふらつき、洗面台に行く途中で力尽きて廊下でうずくまっていることもありましたが、それでも自分で水を飲みにいこうという意思がありました。トイレも同じでした。オシッコはオムツでしてしまいますが、ウンチだけは自力でトイレに行きたがりました。猫としてのキナコのプライドを、意思を尊重してやりたく、私はできる限りその補助に徹しました。
気づけばキナコの目つきは随分ときつくなっていました。異様に吊り上がった両目には見覚えがありました。参考にしてきた闘病記ブログの中で何度も目にしたFIP末期の猫たちの顔つきでした。

少しでも苦痛を軽減できないものかと、翌朝一番に病院に電話をかけました。

格別寒い日で、院長はキナコを病院に連れてこいとは言いませんでした。
代わりにこう指示しました。

「ステロイドを再開してください。発作はまだ起こってないですね?痙攣が起きてしまうと、もう助からないと思います。とにかく痙攣が起きないように、とにかく今はそれを第一優先にしましょう。分かりますか?」

キナコ、私たち夫婦、そしてアズキの四人家族にとって、忘れられない最後の夜が近づいていました。

最後のほうになると、アズキはキナコから離れませんでした。

最後のほうになると、アズキはキナコから離れませんでした。

 

文/こしあんブルー

※FIPは研究途上で、まだ不明点が多い病気です。本文は筆者個人の体験談であり、病気の症状や進行には個体差があります。

※ 本記事は、記者の実体験に基づく記述ですが、それぞれの猫により状況が異なりますので医療行為については必ず獣医にご相談の上、進められますようお願いいたします。(猫報編集部)